国際通貨「円」のジレンマ

毎度のように、アイキャッチにあるクイズですが…。想像がつきますか?
1900年頃、つまり明治時代です。その当時の「円」は、「金」に換算すると、現代の「円」の何倍になるでしょうか?
正解は読み進めていけばわかりますが…。最終章に掲載しています。
ところで、私たちは毎日、「円」で暮らしています。
働いて受け取る給料も「円」。
食料を買うのも「円」。
電気代やガス代を払うのも「円」。
住宅を買い、子どもを育て、老後のために蓄えるのも「円」です。
あまりにも当たり前に使っているため、その「円」の価値が、どのような仕組みの中で決まっているのかを普段考えることは、ほとんどありません。
けれども現在の「円」は、日本国内だけで使われているお金ではありません。
世界中の銀行や企業、投資家などによって売買される、世界有数の「国際通貨」でもあります。
そこには大きな恩恵もありましたが、社会情勢が不穏な昨今、私たちの生活を脅かすような問題も浮かび上がってきました。
国際通貨となった「円」がイマ、どのようなジレンマを抱えているのか、「円」の歴史から、ほどいていきましょう。
いつから日本円が「国際通貨」になったのか
「円」がどのような過程を経て「国際通貨」となったのかを、明治期以降と戦後の時系列を追って説明していきます。
明治期以降
現在につながる「円」が誕生したのは、1871(明治4)年です。明治政府は新貨条例を制定し、「円・銭・厘」という統一された貨幣単位を導入しました。
このとき制度上、1円=金1.5グラムと定められます。
しかし、円が誕生した瞬間から、現在のような国際通貨だったわけではありません。
一つの大きな転換点となったのが、1897(明治30)年です。
日本は貨幣法を制定し、1円=金0.75グラムとして金本位制を確立しました。
当時、イギリスをはじめ世界の主要国は金本位制を採用していました。日本もその仕組みに加わることで、国際的な経済・金融秩序へ本格的に参加していきます。
ただし、この時点で円が現在のように世界中で取引される「国際通貨」になった、と考えるのは早計です。
明治期は、円が世界の通貨・金融秩序と結びつき始めた第一段階と考える方が正確でしょう。
戦後
第二次世界大戦後、日本の外国為替取引は厳しく管理されました。
1949年には1ドル=360円の単一為替レートが設定され、同年制定された外国為替及び外国貿易管理法では、対外取引は原則として禁止されていました。
そこから、日本経済の復興と貿易拡大に伴って規制が緩和されていきます。
1964年にはIMF8条国へ移行し、OECDにも加盟。1973年には変動相場制へ移行しました。
さらに1980年、外為法の全面改正によって対外取引は「原則自由」へ大きく転換します。1980年代には、日米円・ドル委員会の設置、実需原則の撤廃、「円の国際化について」の答申、東京オフショア市場の創設など、円そのものを国際的に利用しやすくする政策も進められていきました。
つまり、円の国際化は、ある一日に突然起きた出来事ではありません。明治期に国際的な通貨秩序へ参加し、戦後の自由化を経て、1980年代以降、円そのものが世界で広く使われる通貨へ成長していったのです。
その長い歴史の先に、現在の「円」があります。
国際通貨「円」の価値は、どう変わってきたのか
「円」が国際通貨となってから、こちらも時系列を追いつつ、「金」に換算して、どのように価値が変わっていったのかを説明していきます。
明治初期の「1円」は、現在の1円とはまったく異なる重みを持っていました。
1871年の新貨条例では、1円は制度上、金1.5gと定められました。その後、1897年に日本が金本位制を確立すると、1円は純金0.750gと定められます。
では、その「円」の価値は、その後どのように変わっていったのでしょうか。
円の歩みとともに、「金」を一つの尺度として、円・ドル・ポンドの変化を比較した表をAIに作ってもらいました。

「国際通貨になったから、円の価値が下がった」のか
図を見ると、1900年から現在までの長い期間では、円の変化幅が非常に大きいことが分かります。
しかし、そのことだけをもって、
「円が国際通貨になったから、円の価値が下がった」
と結論づけることはできません。
円はその間、金本位制からの離脱、戦時統制、敗戦、戦後インフレ、固定相場制、そして変動相場制への移行という、大きな変化を経験してきました。
さらに1973年以降だけを比べると、図に示した3通貨の中では、むしろ円が最も金に対する価値を維持しています。
もちろん、金価格そのものも世界情勢や金利、投資需要などによって大きく変動するため、この比較は「当時の1円の購買力」をそのまま現在の金額へ換算したものではありません。
ただし、ここでもう一つ重要な変化があります。
日本が世界の通貨・金融秩序へ深く組み込まれていったことで、円の価値もまた、日本国内の事情だけではなく、海外の金利や金融政策、資本移動、国際情勢などの影響を受けながら動くものになりました。
円は、世界と歩調を合わせる通貨になったからこそ、その価値もまた、世界の動きと無関係ではいられなくなったのです。
日本はなぜ「円の国際化」を選んだのか
ここまで見てきたように、円の長期的な価値変化を「国際通貨となった結果」と考えることはできませんが、その影響力は小さなものではありません。
では、日本はなぜ、その円をさらに「国際化」させていったのでしょうか。
戦後の日本は、貿易によって大きく成長しました。
日本企業が世界へ進出し、日本製品が世界中で販売されるようになれば、海外との決済や資金調達でも、国際通貨としての「円」を利用しやすくすることには意味があります。
さらに1970年代以降、世界では資本移動の自由化が進み、国際金融市場も急速に拡大しました。
1980年代の円の国際化は、アメリカなどからの市場開放要求だけによって進められたものでも、日本が一方的に望んだものでもありません。
世界経済の変化、海外からの要求、そして日本自身の経済的利益が重なった結果でした。
日本が世界と貿易し、投資し、成長していくための合理性を持った選択でもあったのです。
国際通貨「円」は日本に何をもたらしたのか
円の国際化には、大きなメリットがあります。
日本企業が海外との取引を円建てで行うことができれば、為替変動によるリスクを減らすことができます。
海外で円による資金調達がしやすくなれば、日本企業や金融機関の活動範囲も広がります。
東京の金融市場が国際的に利用されることは、市場の厚みや利便性を高めることにもつながります。
一つの「円」で、国内の給料を受け取り、企業が取引し、貯蓄し、投資し、さらに海外ともつながる。
これは、非常に効率のよい仕組みです。
ただし、大きな利便性を持つ仕組みであるからこそ、その反対側にある弱点にも目を向ける必要があります。
世界で売買される「円」――その価値を決めているのは何か
現在、円は世界有数の取引通貨です。
国際決済銀行(BIS)の2025年調査では、世界の外国為替取引は1日平均約9.6兆ドル。
円は外国為替取引の16.8%で取引の一方に登場し、ドル、ユーロに次ぐ世界第3位の通貨となっています。
では、その円の交換価値は誰が決めているのでしょうか。
外国為替市場には、日本と海外の銀行、企業、機関投資家、中央銀行、資産運用会社など、さまざまな金融組織が参加しており、円相場は、日本と海外の金利差、各国中央銀行の金融政策、貿易や資本移動、世界経済の見通し、国際情勢、市場参加者の期待など、多くの要因によって動きます。
つまり、
「円の対外的な価値は、日本国内の労働や生産だけでなく、世界の情勢に左右される」
ということです。
私たちが昨日と同じように働き、同じ商品やサービスを生み出していたとしても、海外の金利や世界の金融情勢が変われば、円の対外価値は頻繁に乱高下します。
これは、世界と経済的につながっている以上、避けることのできない一面でもあります。
世界で決まる「円」の価値が、私たちの暮らしを直撃する
世界情勢に影響された円高や円安、更には燃料や原材料価格の乱高下は、私たちの暮らしに大きく影響していきます。その理由を述べていきます。
日本は、海外から「買わなければ暮らせない」
日本は、食料やエネルギー、原材料の多くを海外から購入しています。
2024年度のエネルギー自給率は16.4%。食料自給率も、2025年度のカロリーベースで37%にとどまります。
もちろん、これらの数字だけで日本の輸入依存のすべてを表すことはできません。
それでも、現在の暮らしや産業を維持するために、海外から多くのものを「円」で買わなければならないことは確かです。
そして、そのとき支払う「円」の量を左右するのが、為替です。
このことを理解しやすいように、AIにまた表を作ってもらいました。

私たちが働いても、「円」の価値は世界で動く
上の図のように、海外の商品価格が変わらなくても、円安になれば、同じ商品を買うために必要な円は増えます。
重要なのは、この変化が、日本国内で働く人の努力や、日本で生産された商品の量だけで決まるわけではないということです。
海外の金利や金融政策、資本移動、国際情勢、市場の期待――。
さまざまな要因によって世界で動く「円」の交換価値が、輸入価格を通じて日本国内へ入ってきます。
「世界の値上がり」と「円の下落」が同時に来たら
さらに厳しいのは、世界の商品価格そのものが上昇するときです。
そこに円安が重なれば、「世界の商品価格の上昇」と「円の交換価値の下落」という二つの圧力を、同時に受けることになります。
ただし、輸入価格の上昇が、そのまま同じ割合で店頭価格に反映されるわけではありません。
企業の為替ヘッジ、在庫、長期契約、利益による吸収、税や補助制度などによって、影響の大きさや現れる時期は異なります。
それでも、企業が吸収しきれないコストは、商品やサービスの価格を通じて、やがて私たちの家計へ届く可能性があります。
世界で売買される「円」と、私たちが給料を受け取り、食料を買い、電気代を払い、貯蓄する「円」は、同じ一つの通貨なのです。
もちろん、これは仕組みを分かりやすく示すための仮想例であり、国内の小売価格がそのまま1万6,000円から3万円になるという意味ではありません。
重要なのは、
「世界で商品の値段が上がる」ことと、「その商品を買う円の交換価値が下がる」ことは、同時に起こり得る
ということです。
世界の商品価格を、日本だけで決めることはできません。
円相場も、日本だけで決めることはできません。
そして日本は、その両方の影響を受けながら、海外から必要なものを購入しています。
ここに、輸入依存度の高い日本が抱える大きな弱点があります。
ほどきたい国際通貨「円」のジレンマ
では、「円」を国際通貨ではなくせばいいのでしょうか?
そのようなことができるはずもありません。
「円」が国際通貨でなくても、海外から商品を購入する以上、外国通貨との交換は必要です。
また、一つの円で国内と海外をつなぐことには、大きな利便性があります。
もちろん、食料やエネルギーの国内供給力を高めることも、企業の生産性を高め、働く人の賃金を上げることも重要です。
それでも、世界とつながり続ける以上、国際商品価格や為替の変動そのものをなくすことはできません。
「円」が江戸時代の鎖国時代のように、「国内通貨」だけで日本を回す時代に戻すことは、もはや不可能といっても過言ではないのです。
「国際通貨」として世界と深くつながれば、世界の事情が、国民生活を大きく左右する。
一方で、「国際通貨」としての役割を縮小すれば、世界との取引や金融の利便性を損ないます。
世界とのつながりを維持することと、世界の変動から国内の暮らしを守ること。
現状の「円」は、この二つの役割を同時に背負っているのです。
ここに、国際通貨「円」が抱えるジレンマがあります。
でも、考えてみましょう。
世界で取引される「円」。
つまり、輸入品を買って支払う「円」。
輸出品を売って受け取る「円」。
そして、私たちが働いて受け取る「円」。
食料や光熱費を支払う「円」。
家族を養い、育む「円」。
これらは、すべて同じ「円」です。
でも――。
これらすべてではなくとも、
「一部は、同じではなくていいのでは?」
と、和むすび市庭は考えました。
世界とのつながりは失わない。
国際社会との協調も失わない。
国際通貨としての「円」も失わない。
そのうえで、私たちが国内で働き、暮らし、家族を養うための「価値」を、別の仕組みで支えることはできないのでしょうか。
次の記事では、この国際通貨「円」が抱えるジレンマに対する一つの答えとして、和むすび市庭独自の構想を展開していきます。
クイズの正解:記事にあるように約18000倍。あくまでも「金」に換算しての価値ですが、現代の1円は当時に比べて18000分の1の価格に低下しているということになります。


